400年前に存在した「静岡本山抹茶」の復活

史実を元に、徳川家康公の愛飲した抹茶の再現に努める「静岡本山抹茶研究会」。

より良い品質の静岡産抹茶の栽培、製造を追及すべく、日々研究を続けている。

その努力の様子を、会長である海野勲さんから伺った。

蘇る、徳川家康が愛した本山抹茶

「静岡本山抹茶研究会」は、昭和61年に発足しました。キッカケは、郷土研究家の宮本勉さんとの出会いでした。宮本氏は、静岡市井川、安倍北部の旧家に伝わる古文書を読み解き、徳川家康が駿府城で、静岡産の抹茶を飲んでいたであろうということを明らかにしました。今では静岡市の恒例行事となっている「駿府本山お茶壺道中行列」。多くの人は、この茶壺の中には、煎茶が詰められていたと思っているかもしれませんが、実は「碾茶」(=抹茶に挽く前の茶)であったというのです。静岡の安倍川流域で栽培される本山茶で、碾茶を作り、将軍家から預かった茶壺に詰め、室温が低温で安定した標高1000mの井川、大日峠に建つお茶壺屋敷にて、春から秋まで厳重に保管、熟成されたそうなのです。

家康公の亡き後は、次第に本山産の抹茶は衰退。現在では、京都の宇治が抹茶の一大産地として有名になっています。残念なことに、抹茶の栽培方法も静岡では継承されることなく、地元住民の記憶からも消されてしまいました。ならば、現代の私たちの手で、「家康公が飲んでいた、本山抹茶を蘇えらせよう!」という熱い思いを抱き、当研究会がスタートしました。

煎茶とは大きく異なる栽培方法に苦戦

研究会に席を置く会員は、皆、プロの茶農家です。代々、長年に渡り、茶葉の栽培を生業にしてきた、「美味しい煎茶」を作るプロ。しかしながら、抹茶となる碾茶を作るのは、未経験。発足した当初は、大いに悩まされました。抹茶特有の鮮やかな緑色が出ず、黒ずんでしまう。豊かな香りがでない。色々な課題がありました。そのため、宇治や愛知県西尾市など抹茶の産地として名高い地域を訪ね、一から学んでいったのです。現在でも、品質の向上を目指し産地での勉強を続けています。30年掛け、胸を張れる品質の抹茶製造に至りましたが、400年の歴史を重ねてきた産地に学ぶことは、まだまだ沢山あります。全国に「静岡本山抹茶」が知られるようになるまで、研究、努力を重ねていきたいですね。

1ヵ月間の日陰に耐える、肥えた上質な葉を作れ

抹茶用の葉栽培に欠かせない工程に、「被覆」というものがあります。摘採時期のおよそ1ヵ月前に遮光し、葉に当たる光を制限します。そうすることで、葉緑素が増え、濃い緑色になります。また旨味成分も葉に閉じ込められるようになるのです。ただ、1ヵ月もの間、日陰で過ごすことは、茶樹にとって過酷な環境であり、大きなストレスになります。一年の栽培期間に、栄養が隅々まで行き届いた、丈夫な樹になるよう育てなくてはいけません。単に丈夫なだけでは、味のいい碾茶になりません。挽いたとき、キメ細かな美しい粉になるには、大きな薄い葉であることが重要です。この条件を満たす葉作りは、土地や気候によっても変化するため、先を見据える経験値と、高い技術が要求されます。各農家が、自分の畑に合う栽培方法を見極め、実践してくれているわけです。

また、被覆には、大きく分けて2種類の方法があります。直接茶葉を覆ってしまう簡易的な方法と、茶畑全体を覆う大がかりなもの。後者は、資金も手間も掛かるのですが、茶葉を傷めないため、より上質な碾茶に仕上がります。当研究会のメンバーは、この方法を採用し、葉にかかるストレスをできるだけ軽減しています。

農家から茶匠へ引き継ぐ、思いをのせた碾茶

摘採から時間を置かず、素早く火入れをし、荒茶にする工程までが農家の作業。各農家から納品された荒茶を、茶匠が選別、ブレンド、加工し、初めて碾茶になります。荒茶は、一件の農家でも、品種、栽培場所などに細かく分類されています。同じエリアで育った同品種でも、育てる人のほんの些細な条件の違いが、味の違いに繋がるため、7名で構成する審査会で丁寧に品評します。色や風味、後味など、特徴の異なる荒茶を、バランスよくブレンドすることで、「本山抹茶」が誕生するのです。中でも当研究会の最高級抹茶「駿河の昔」は、選別を重ねた上質な荒茶のみを使用しています。この商品として使用される荒茶は、全収穫量のわずか数パーセント。農家の苦労と、茶匠の修練で得たセンスが、最高の抹茶を生み出します。

京都や東京の名刹、有名リゾートまでが顧客

本山茶は、霧の立つ山間で育ちます。野趣の残る、コクとキレが特徴の茶です。その碾茶を秋まで熟成させることで、味がより濃密になりつつ、角取れマイルドになるのです。最高級銘柄「駿河の昔」でも20g1500円で、研究が主であるため決して高額ではありません。価格以上の価値があると、多くの人が認めてくださり、京都や東京の由緒ある寺院や、茶道教室、国内最大級のリゾートグループなどから発注を頂けるようになりました。

もし現在に家康公がいらしたら、満足して頂ける味になったのではないかと自負しております。これからも、「静岡本山抹茶」の名を多くに知ってもらい、「抹茶も静岡」というイメージが育つようにPRしていきたいです。